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良質なマウスピース矯正を受けるために知っておくべきこと 〜マウスピース矯正での返金トラブル事件を受けて〜
- 2023.03.16
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少し前にマウスピース矯正のによる返金トラブルが集団訴訟に発展し、センセーショナルに報道されました。
ニュース記事はこちら。
報道では、東京・銀座の矯正歯科クリニックが「矯正治療の契約をしたら、前金として150万程度のお金を患者さんから預かり、モニターとしてSNSで宣伝してくれたら徐々に返金していく。最終的に実質無料となる」と案内していたとのこと。
しかしながら、数ヶ月後からお金が返済されず総額で数億円の被害が出たということで集団訴訟に発展しています。
そして、患者様を集めていた医院は閉院してしまい、治療途中の患者様が露頭に迷ってしまったという話です。
このような事件は、同じ業界にいる者として非常に遺憾に思っております。私は事件の関係者ではありませんが、様々な情報が錯綜している中で、クリニックでの金銭トラブルを回避するポイントと、健康被害の報道の本当のことについて解説いたします。
この記事の目次
「無料」の甘い誘惑には十分お気をつけください
昔から、無料モニターのトラブルはたくさんあります。今回報道されている件では「SNSで宣伝してくれたら徐々に返金し、実質無料にする」という説明でモニター患者様にローンの契約を促していたとのこと。
実は私の友人も何人か誘われており、相談を受けたことがあります。
友人曰く、「一旦集めたお金を返済期間中に何かの投資で運用して、そこで得た利益を材料費・人件費・テナント料に当て込むから治療費を無料にできると説明を受けたんだけど・・・こんなことあるのかな?」
実情はわかりませんが、2〜3年お金を赤の他人に預けて、100%戻ってくる保証がないものはいわゆるポンジスキームの可能性があり危険であると判断し、「やめておいた方がよい」と友人にはアドバイスしていました。
幸い、友人は不安に思って申し込みをせず助かりました。
「一度大金を払って、あとから通常では考えられない利益を得られる」というのは投資詐欺の典型であるポンジスキームの常套手段です。このような説明を受けたら、詐欺の可能性があるのでいつの時代も要注意ですね。
矯正では聞きませんが、お金を全く払わずに無料で医療サービスを提供している事業所もあります。
お金が全くポケットから消えないのであれば安心じゃないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが気をつけて下さい。
たとえばあなたの個人情報を狙っている可能性があり、無料でサービスを提供してまで得る価値がある可能性があります。
いずれにしても、相場から大きくはずれた価格設定でのサービスを利用する場合は「なぜそれが可能なのか」「詐欺である可能性なはいか」「もし騙されたとしたらどれほど自分の生活に支障がでるか」などをよく考えて、怪しいと思ったら安易に手を出さないことが大切です。
今回のニュースでの”健康被害”の報道について
こちらが本題です。
「詐欺事件の片棒を歯科医師が担いでしまって残念だ・・・」と思っていた一方で、”健康被害”に関して様々な報道やそれに対するコメントがあり、実際はどのような被害だったのか話が複雑化していると感じました。
【原告の方の発言】
「イーっと口を開けた時に、上あごが左にずれて下あごが右にずれています。このような状態ですので、食べ物を噛むときもしっかりと噛むことはできませんし、借金も残ったまま健康被害も残り、この先どうしていいか分からない状態です」
「元よりも出っ歯になりました」
このような発言に対して、TVやSNSで「これはインビザライン(*1)の症例としては不適切ですね」「矯正治療は矯正専門医でやらないといけません」などのコメントがありました。
*1・・・インビザラインはマウスピース矯正のシステムの1つ。2023年2月現在、世界で1000万人以上の患者数を誇る世界シェア1位の矯正システム。比較的予測実現性が高いと思われる。
実際に困っておられる方は本当に気の毒に思うのですが、各所にすごく違和感がありました。マウスピース矯正自体に悪いわけではないのでその点を説明させて頂きます。
原告の方の「上と下のあごがずれた」という発言について、本当に矯正で起こるのか
まず、口を開けた時に「上あごが左にずれる」ということはありえません。試しに家族の方の口元を見て確かめましょう。
このような発言をわざわざメディアがピックアップして報道することにより、「マウスピース矯正により噛み合わせはおかしくなる」という先入観が多くの人に植え付けられることを危惧しています。
ちなみに、口を開けた時に下あごが左右のどちらかにずれるということはあります。ずれる原因としては顎関節組織の変形や周囲の筋肉の異常な緊張が疑われます。
おかしな矯正により下あごがずれるトラブルが起きる可能性もありますが、普段の臨床で噛み合わせを診ていると、むしろそれらを治すために矯正治療が選択肢になることの方がよほど多くあるように感じます。
また、矯正期間中は歯並びが日々変化していきます。完成するまでは噛みにくい状態が続いてしまうのは矯正治療の特徴であり、正しく矯正されていれば最終的には噛み合わせが安定します。
「元よりも出っ歯になった」という発言
元の状態が分からないですし、ほとんどのマウスピース矯正では意図的に出っ歯にしようと組み込まない限りそうはならないという前提の元で、そもそも矯正治療は「良好な咬合を維持することでQOLの向上、即ち歯科疾患の予防、あご骨の成長発育障害の予防、そしゃく機能の改善と維持、口唇閉鎖不全の改善、発音の改善、顎関節と咬合の調和を図る」という目的が日本矯正歯科学会では定められています。
つまり本当の目的は美容ではなく良好な噛み合わせにあるので、本人の理想の歯の見た目に100%沿った治療プランが医学的に良いということではありません。
トラブルになる原因は医療者のゴールと患者様のゴールのイメージのミスマッチが多いです。
私も普段意識していることですが、このような患者様側のゴール設定と医療者側のゴール設定にミスマッチが起きないように、治療開始前に完成形のシュミレーションを作成して、完成のイメージを共有したうえで治療をスタートします。(それが実現可能なゴールなのかを判断するのがドクターの技量・経験です)
そのような正確なシミュレーションが可能なのが「インビザライン」であり、格安の美容マウスピース矯正よりも完成イメージが共有できるシステムは進んでいると思います。
思ったものと違うというトラブルは古今東西常に起きている問題なので、私自身、安心な医療を届けるためにそこには真摯に取り組んでいこうと改めて思いました。
「この症例に対するインビザラインは不適切ですね」とコメントしている歯科医師
インビザラインはあくまでも道具であり、道具は常に「誰がそれを操るか」で非常に有用なツールになることもあれば、期待した効果の得られない残念なツールになることもあります。
私にとってインビザラインは、予測実現性が高く、痛み少なく、目立たずに矯正が行える大好きなツールです。
私も数多くのインビザライン症例を重ねてわかりましたが、「患者様の症例に適応となるかどうかはその医師の技量によるところが最も大きい」ということです。つまり、インビザラインの経験が浅い先生ほど「あなたはこの症例をインビザラインで治療できますか」と聞かれたときに「できない」と答えやすいわけです。
コメントされていた先生がどのようなポジションの先生が明らかでないと、今回のトラブルが医学的な問題のあるトラブルなのかどうかは全く判断がつきません。
インビザラインは卒後に自主的に研修を受け、扱えるようになるツールです。さらに、それを自在に使いこなせるようになるには様々な勉強会に足を運びながら日々の自分のやり方をアップデートしていくしかありません。
確かにインビザライン単独での治療が難しいケースはあります。私も、アンカースクリュー装置やワイヤー矯正といった他の装置と併用することがあります。
それでも、返金トラブルに「適応症例ではない」というコメントを重ねられるのは、「返金トラブル・詐欺疑惑の事件」から「いい加減な矯正治療がトラブルを起こしている」という方向に話が流れそうで、歯科医としてはそこは別々に分けて議論してほしいと感じます。
視聴者の皆さんにも、治療行為自体がいい加減なものであったかどうかという医療者側の問題と、お金を受け取って約束通り返さない経営側の問題はハッキリと分けて考えて頂きたいと思います。
私はインビザライン治療が好きなので、今回のこのコメントを見てこんな思いを抱きました。
今回の報道に際して、「矯正治療は矯正専門医でやらないといけません」という専門医のコメントについて
一見すると正しいように見える主張ですが、必ずしもそうではありません。
この話もマウスピース矯正が話題になるとよく出てくるコメントで、誤解を招くことが多いので一般の方向けに解説します。
矯正治療を成功させるためには正しい診断知識と、その診断を実現させるための技術力が必要となります。
専門医の先生は、正しい診断知識はお持ちであり、ワイヤー矯正においてその技術力に一定の評価を得ているので確かに安心感があります。
しかしながら、矯正歯科学会の認定医は「ワイヤーによる矯正の認定」であり、マウスピースの矯正の認定ではありません。つまり、ワイヤーによる矯正がいくら上手に出来てもマウスピースで同じように歯が並べられるかというとそういう訳ではありません。
ワイヤーにしろマウスピースにしろ、最終的な理想形は同じであり、診断学は共通です。しかしゴールに向かう道具が全く違うので、扱いの習熟にはそれぞれに全く異なる研修を積まなければなりません。そのため、ワイヤー矯正が上手な先生がマウスピース矯正が上手とは限らず、逆もまた然りなのです。
マウスピース矯正に専門医制度があればわかりやすいのですが、2023年2月現在そのような制度はありません。
ワイヤーとマウスピースそれぞれに得意な動きと苦手な動きがありますし、マウスピースで進めていく中でワイヤーを併用した方がいいことなどもあります。そして、ワイヤー矯正は長い歴史の中で成熟した治療法であり、マウスピースの矯正は歴史が浅く、治療方法が成熟しているかと言われると比較した時にはまだまだな部分はあります。
患者さんにベストと思える提案ができるようになるには、医療者はこのような道具ごとの長所・短所や治療方法といった引き出しを複数持つことが必要であると考えます。
個人的な結論としては、マウスピース矯正を検討していて先生選びで迷われるなら、担当の先生に「自分と同じような歯並びの患者さんで先生が治されたケースの経過写真を見せてください」と伝えればよいと思います。
シンプルですがこれが一番です。
やたらと他人を批判したり、よそから宣伝用の写真を引っ張ってきて見せる先生より、「私はこういう治療しています」と正直な情報を開示してくれる先生の方が信頼できます。
医療広告ガイドラインによる症例写真のネット投稿が厳しいため、信頼できる先生でもHPなどに掲載していない可能性があります。直接その場で見せる方が先生側もハードルが低く、治療法もより詳しく知ることができます。
また、インターネット広告やSNSでの宣伝に溢れている現代だからこそ、実際に治療を受けられている方のリアルな口コミの重要度が上がっています。身近な友人が実際にご経験されていると安心ですね。
最後に、今回お伝えしたいことのまとめです。
・治療行為が「無料」という甘い誘惑には十分お気をつけください。それなりの理由が必ずあります。
・矯正治療は医療行為であり、美容とは違いますので必ず医学的な診査に納得した上で治療を進めてください。
・マウスピース矯正とワイヤー矯正は全く別の道具による治療なので、マウスピース矯正はマウスピース矯正に精通している先生のもとで治療を受けましょう。
・お知り合いの紹介がない場合、治療を進めるか不安な場合は過去の類似した症例写真を見せてもらうことで一つの判断材料にしましょう。
マウスピース矯正治療を検討している皆さんが良い先生と巡り会えることを心より願っています。
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